バイオグラフィー

今朝新聞をぼっ~と見ていたら、ちょと、目にとまったページがありました。

その中の一つに、人生のリズムを大枠で見ると、21年周期の仕組みが存在するとありました。

21歳までが、体を育てていく。

その次に心・魂が育っていく(21~42歳)

そして、(42~63歳)精神性、霊性が育って行く

63歳からは、過去のしがらみから解き放たれて、自由を獲得する可能性があるとか・・・。贈り物の人生ですって。。。

そうすると、私は今心と魂を育てているのね・・・・。

うーーーん。ちゃんと育ったのか???

アヤシイ・・・・・なぁ。ちなみに精神性・霊性ってどんなものなの?

次に待ってる次のステージも未知の世界だわ。。。

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ゴットハンド

.....................................................................................

ゴットハンドの外科医のTVを見た

脳外科医の福島(孝徳)先生が、本当に神様に見えた。

福島孝徳記念病院。千葉県。ここに神様のような先生がいた。

.

川崎市にある山本幸病院

大動脈瘤の神様大動脈センターは大動脈瘤の患者にとって最後の駆け込み寺

本当に素晴らしい神のような先生がいること知った。山本先生

感動しました。。

出来ない手術はないと。。難しい大動脈瘤でもなおしてくれる先生がこの日本にも存在している。

手術は出来ないと途方にくれてい人がいたら、訪ねてみる価値が必ずあると。。そう思う。

諦めなかった人への希望の光が・・

そこにある。

.母もゴットハンドの勝俣先生のOPEのおかげで、余命3か月の命を数年間にをのばしていただいたことがありますので、お医者様を私はとても尊敬しています。

日々の生活の中で、時間と共についつい記憶から少し遠い所にいってしまうこともあるけれど、お医者様のおかげで私たちはこうして大きな病気にかかっても、可能な限り、命を守っていただいていることに、感謝して・・くらしたいですね。

大切なあなたの命

今日も輝いて・・・。

あなたがこの空の下で命を大切に生きていてくれている事が

幸せです

桜を見て美しいと思えることが嬉しい

空を見上げられることが嬉しい

そこに

いてくれること。

そのことが、奇跡。

ありがとう。

ありがとう。

今日も笑顔を忘れないでね。

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週末

週末はとても忙しく少しだけ・・疲れました。

金曜日は東京駅から電車に乗ったので座って帰りました。

土曜日は東京ドームで行われていたテーブルウエアーフェスティバルに行ってきまた。姉に招待券が届いたとの事で誘ってもらいました。

とっても良かったです!!とっても楽しくって、たっくさん写真を撮りました。大好きな食器とお花。。今度UPしますね。。携帯写真なので手ぶれやピンとのずれなどは・・お許しくださいね・・。雰囲気だけお楽しみください・・。

夜は六本木に行って食事をしようかと思っていたのですが・・・。ドームの中で歩き回り、前日も12時過ぎに帰宅して、今朝もはやかったのもあり、疲れて・・めんどくさくなって・・coldsweats01

ドームの目の前に43階だてのホテルがあったので、そこに行くことにしまた。

43階の最上階で、姉と2人でお食事をしました。。

トウキョウタワーが光り、素晴らしく美しい夜景でした。

あれは・・穴場ですね・・。

店内も静かだし、夜景もとってもきれいで、混んでなく、ゆっくりできました。

偶然・・・疲れて、このホテルで食事しよ。。って入ったわりに。。

お食事も美味しかったし、夜景も素敵で、とても良かったです。

新宿からは電車で座れたので、眠って帰ってきました。。confidentsleepy.

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テーブルウエァー2009・

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人として大切なもの

人と関わる事が得意な人と、そうでない人がいますよね。。

どちらが良くてどちらが悪いなんて事は全く無いと私は思っています。

人との関わりが上手な方っていますよね。

それはそれで、良い事ですね。

でもだからといって、関わりが上手でない方が良くないかと言えば、そうではないと私は思います。

それはただ、得意であるか得意でないかだけの違いで、魂の輝きとそれは全くの無関係だと思っています。

人は人ととのかかわりから多くの事を学んでゆきます。

小学生の娘の話しを聞いていると小学生でも人間関係は大変だなぁ。。。と思うことがあります・・。

大人でも子供でも、人間関係は得てして面倒な事が多いものですが、それでも、その中から何かを学んでくれたら良いな。。と思っています。。

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ところで、先日娘の書いた作文を読んで、とても嬉しく思った事がありました。

「・・・・・・、生きて行くのに本当に大切な事は地位やお金ではなく、人を助けたり、誰かの為に何かを一生懸命努力する事なんだな。と思いました。」

前後長い文が書かれていましたが、この言葉を読んだ時に、私は嬉しくて涙が出ました。

私が常日頃子供達に話している言葉・・・。

「人として本当に大切な物は、目には見えないもの。はかりではかかれないもの。尊くて人の心の中でしか輝けないものよ・・・・」

きっと娘はいつもこんなような事を私から聞かされて生きてきたからでしょうか・・。作文の一文を読んで、娘なりにちゃんと私の言葉を理解してくれているんだなと感じて、とても嬉しかったです。思いはちゃんと通じるものですね。。

みなさん。今日もお疲れ様。。heart

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幸せな生き方。

いま。日々色々な事を心に感じて暮らしています。

私には平凡であること。それがとても大切な事でした。

夢は?と聞かれてもいつも現状維持。と答えてきました。今のままが一番幸せ。とずっと感じて暮らして来ました。何の不満もなく、ただ旦那様と子供達が元気に笑っていて欲しい。それだけが、私の願いでした。

平穏に、暮らす事。それが私の切なる願いであり幸せでした。

ただ私は平凡に暮らす事がいかに難しいかも、わかっていた気がします。。

だからこそ、平凡に憧れて、生きて来たのかもしれません。

平凡に平穏にずっと暮らして生きることは、やっぱり難しい事です。

外に行かず、何も見ず、ずっと同じこの場所で暮らしていても、それでもやっぱり、何もおこらないという事はないのです。

さまざまな事が突然おこったり、想像もしていない事がおこったりします。

人生には楽しいことも、苦しい事も、必要な事しか起きないようになっていると、本にも書いてありました。

この世を生きる事を終えた時に、唯一続く苦しみがあるとすれば、それはこの世にいた間に精一杯生きなかったという後悔のみだそうです。

私のもっとも切に望んでいた、なにごともない、一見平穏な人生。

それは、魂にとっては、幸せな人生ではないのです。。とありました。

ガーーーーーーン。。。sweat02

でも、本当はそうなのかもしれません。

波瀾万丈の日々の中で、たくさんの喜怒哀楽を経験している人生こそ、ある視点から見れば、幸せな人生といえるのだそうです。。。

今、苦しい方も、今幸せな方も、今行き詰まっている方も、みんな魂を磨く大事なチャンスだそうです。

毎日頑張っているみなさまに。。。

人生には、本当は不幸などないそうです。

永遠に続く苦しみもないそうです。

「人生にあるのは幸せだけです。」

なんだか心強い言葉ですよね。。

どんなに辛くて苦しい事も、喜怒哀楽の経験が出来ると考えれば幸せな事。

そう考えられたら少しだけ、気持ちが楽になりますね。。

出来れば穏やかに過ごせたらやっぱり楽でいいですけれどね。。。。

みなさまの幸せを今日もかげながら願っています・・・。confident

                                 ぷよん。

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「経験」

今日読んだ本に、私達は「経験」をするために生まれて来たと書いてありました。

辛い事も、嬉しい事も、悲しい事も、失敗も、みんな「経験」の一つだから、どんな経験も自分にとって悪い事は一つだってないんだと思う。

たくさんの経験を積むことで、痛みを知り、私達は、人に優しくなれる気がする。

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つもり違い十ヶ条

こんばんは。。

訪問してくださってありがとうございます。

今日も過去に書いた「つもり違い十ヶ条」のページに数名の方がお越しくださいました。

このページにはたまに、数名の方がお越しくださいます。。

半年経った今でもこうして読んでくれる方がいることは、とてもありがたく思っています。

この頃は、私はぷよんではなく「ねこ。」と名のっていたんですね。。いつかわったのかな??

なんで、変えたのかは忘れました。。

で・・・今日は過去に書いたその「つもり違い十ヶ条」をみなさんにもご紹介したいと思います。。

何か感じてもらえたら幸いです。。

Yさん。HAPPY BIRTH DAY。birthday

6月23日。追記_

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お正月に高尾山に行った。

薬王院の裏手にひっそり書かれて立っていた「それ」の存在に心が惹かれた。

「それ」には誰も気づかず、みんな足も止めず通り過ぎていく。

(もっと人目につく場所に置けばいいのになぁ・・・。)

と素朴に思ったけど、まあ”たまに”あたしみたいなやつが見つけて足を止めていくのも、いいのかもしれない。

それに、偶然にもこのブログに足を踏み入れてしまったあなたも、

高尾山を登らずして、あの本堂の裏手にひっそりたたずんでいる

「それ」を幸か不幸か知ることになる人もいるわけだし。。。

なんて「それ」について随分とひっぱって見ましたが、それとは

「つもり違い十ヶ条」のこと。

あなたも何処かで目にした事が一度はあるかもしれませんね。

人間なんて感動しようが、何しようが月日が経てばすぐに忘れてしまう生きもの。

でもって、また「それ」に出逢うと、「う~む確かに・・・・」とまたまた初めて知ったみたいな感情がわきあがるものだ。。。

まぁ。単純で滑稽だけど、何度目だって良いことは良いことなんだから、知らないよりいいんじゃないかなぁ。と思えたりする。

きっと、あたしもこの「つもり違い十ヶ条」遠い過去にどこかで読んだことがあったような・・・ないような。

よんでみて、「確かに・・・・・。」と思わずうなずいてしまったわ。

まあ、こんな戒めのお言葉も、年のはじめに、自分自身に問いかけて見るのもよかろうかと・・・。

自分でも気づいていなかったもう一人の自分の姿が鏡に映し出されて来るかもしれない。

一、 高いつもりで低いのは教養

二、 低いつもりで高いのは気位

三、 深いつもりで浅いのは知識

四、 浅いつもりで深いのは欲

五、 厚いつもりで薄いのは人情

六、 薄いつもりで厚いのは面の皮

七、 強いつもりで弱いのは根性

八、 弱いつもりで強いのは我

九、 多いつもりで少ないのが分別

十、 少ないつもりで多いのは無駄

どうでしたか・・。

何か感じられましたか?

何かを感じられたなら、あたしは今年あなたの為にお正月3日から高尾山を登山してきたのかもしれませんねぇ。。。。

(いやぁ~寒いし、足はガクガクになるし結構キツカッタ~)

(あなたはもしや??あったかいお部屋でお酒のんで、おせち食べて酔いつぶれてたでしょ???bottle

いいんです。それで。また、どこかで心にとまる何かを見つけたらみなさんにもまたお伝えいたしますね。。

あなたも、高尾山に行く機会がありましたら、是非この「つもり十ヶ条」を探して見ては?・・・・。

0103_00多分見つけられないだろうけれど・・・・(笑)smile

だってあたしだって10年たって初めて?見つけたんですから。

なんていいながら、今年立てたものだったりして?bleah

ではでは~。

一期一会。

今日はあなたに会えて嬉しかったニャ~。lovely

1月6日。。                      ねこ。

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りんごの命

Dsc02301 先日行った温泉の敷地内に小さなりんご畑があった。

りんごの木。と書いてあったからわかったけれど、書いてなければきっとこれがりんごの木とは、私はわからなかったナ。。

この小さな青い実が、真っ赤になって美味しいりんごになるんだろうな。。。

大きく、赤くなった頃。

もう一度あなたにあいたいと思った。

もしも今、このりんごを摘んでしまったら、真っ赤で甘い美味しいりんごになれない。

このりんご、アップルパイにもなれたかもしれないし、りんごのお酒になれたかもしれない。

星の数程の多くの未来がこの小さな青い実には存在している。

************************************

先日、若くてとても美人な素敵なニュースキャスターのお姉さんが自らの命を絶った。

このニュースを見ていて本当に悲しかった。

涙が落ちてきた。。

光と影。

若い女性が誰もが羨む憧れの職業に彼女はついていたけれど。

一見華やかそうに見える彼女の心は、生きるのが辛くなるほど病んでいた。

きっと明日を迎える自信すらなくなってしまったんだろうと思うけれど、

自ら命を絶っても、きっとその苦しみからは逃れられない。

残された家族にとって、これ以上の悲しみはありません。

若い人たちに。。。

どんなに辛くても、

自ら命を絶ってはいけないのです。

与えられた命を。

最期のそのときは誰にでも訪れるけれど、

生きる事を途中で自ら放棄しないでください。

生きたくても、生きられずにこの世を去る人もいる。

小さな命で懸命に生きようと頑張っている難病の子供達。

この世界には一粒のお米が食べられずに飢餓で命を落としていく子供達もいます。

あなたも今生きる事が辛くてしかたがないかもしれません。

明日が来るのが恐くてふるえているかもしれません。

それは心が病んでいるからです。

誰もが風邪をひくように、心も風邪をひきます。

病院でお薬をいただけます。

癌の宣告を受けあと数ヶ月の命と言われて、どんなに恐怖に襲われても、人はそれぞれの人生を最期まで、人として、くいのないように苦しみや悲しみと共に生きるのです。

人は苦しみの中を手探りで必死に生き、闇の中で一筋の光をみつけるのです。

闇の中に身を置くことで見えてくる物があります。

闇の中だからこそ、見える光があるのです。

どんなに辛い夜にも、朝は来ます。

人は経験を積むために生きています。

喜びも悲しみも、苦しみも、恐怖も、怒りも、全て心の経験の一つであり、全ての感情にも深い意味があります。

どうか、お願いです。

あなたを大切に思っている人がいます。

今、思い当たらない人も、あなたを必要とする人が世界じゅうの何処かに必ずいます。

生きていれば、必ずいつか出会えます。

明日会えるかもしれません。

未来の旦那様になる方かもしれないし、

いつか、あなたの産むお子さんかもしれません。。

今がどんなに辛くても、生きるのが恐くても、明日を生きる自信が持てなくても、仕事をお休みしてもいいから、いいえ、どうしても辛かったら、辞めてもいいですから、どうか、生きていてください。

この世に生まれて来たあなたは、生きている事に意味があります。。

今はわからないかもしれません。

それでもいいんです。。

いつか、ずっと長い月日がながれたら、生きていて良かった。と思える日が必ずきます。。。

あなたのように生きる事が辛いと感じている人はあなた意外にもたくさんいます。

みんな、頑張って生きています。

目を瞑って、川の流れに身をあずけるように、時の流れに身を任せて生きてみましょう。

人生は無常ではかないけれど、無意味ではありません。

目の前に存在しているあなたの幸福にあなたが気がつける日が来ますように。。

あなたが、あなた自身を愛せますように。。

トンネルの向こうに一筋の光があなたに向かって差し込んでいるのが見えます。

あなたに与えられた命は最期まで大切に。。

どうか、素敵な出会いがありますように。。

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願い。。

私が子供達にしてあげられる事って何。。。

できればいつまでも、ずっと傍にいられたらいいけれど、

もしかしたら、いられないこともあるかもしれない。

大きな地震が来て、がれきに押しつぶされそうになったら、お母さんが背中であなた達を覆って守ってあげるから。

あなた達は、真っ暗な中でも、はってでも光をたよりに自分の力で外に逃げて欲しい。

そして、2人で協力しあって強く生きていって欲しい。

誰かがおにぎりを1つくれたら、半分に分けて、お姉ちゃんは弟を、弟はお姉ちゃんを思いやって生きていって下さい。

苦しい時こそ、助け合って。

食べ物がなくておなかがすいても、草を食べてでも生きのびて欲しい。

決して諦めないで。

どんなに辛い状況に置かれても、前を向いて歩いて下さい。

お姉ちゃんは、しっかりものです。きっとその場の状況判断をして、最もよい方向に向かってあなたのすべき事を見つけて頑張れるでしょう。。

弟の君は、そんな時こそ、笑顔を忘れずに。

あなたの笑顔が、多くの人の心を癒すでしょう。。

人はきっと、生まれながらにしてそれぞれの、生きる目的を達成する為に、生まれてきていると思います。

何を学んで生きて行くかは、みんなそれぞれ違う課題。

今私が子供達にしてあげられる事。

それは、子供達が自分自身の足で立ち、自分の力で生きてゆける自信と術を身に付けてあげること。

転ばないように、危険のない道を案内する事ではなく、転んでも転んでも起き上がれる勇気をみにつけてあげたい。

それが、私の願いです。

四川省で大きな地震がありました。。

テレビからは家族を失った子供達や我が子を探す母親の姿に胸が痛み涙がでます。

多くの方々のご冥福をお祈りいたします。

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娘へ。。。

先日、「生きるということ」の詩を書こう。という授業があったらしい。

娘の詩が持ってきたプリントにあった。

      生きるということ

    それは、人生を楽しむということ。

    いろいろなことを学ぶこと。

    まちがえてもいいということ。

    一人一人が助け合うこと。

    どんな時にでも一生懸命になること。

    だから生きるということはすばらしい。

人生を肯定的に誠実に生きる姿勢が伝わってきます。このように前向きに生きる姿勢の中に、人生のすばらしさを獲得するものと思います。と先生のコメントがありました。

娘は生きるということを今こんな風に感じて生きているんだなぁ。。。と知りました。

生きることは楽しみ、学び、失敗し、助け合うことであり、どんな時にも一生懸命になること。だから生きることはすばらしい。と・・・・。

これからの長い人生、いつまでもこの気持ちを忘れずに持ち続けて欲しいと思います。生きる喜びを感じ、感謝し、そして目には見えないけれど、人として生きる上でとても大切なものを、これからの人生でたくさん学んで欲しいと願います。

まめちゃん、生きているってすばらしい。よね・・・・。

お母さんは、まめちゃんがこんな風に感じていてくれたと知り、とても嬉しかったです。

これからも、あなたらしくあなたの人生を生きていって下さいね。

失敗をおそれずに。。。

お母さんは、あなたの人生をずっと応援しています。

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瞳の輝き。

school 昨日は、子供達の始業式でした。

毎年クラスも担任も変わります。

まめちゃんにとっては小学校生活最後の学年です。

思い出に残る小学校生活を送ってくれたらいいなと思います。。

ぴろりんには、身体を鍛えて風邪をひかずに元気に過ごして欲しいと切に願います。

また新しい素敵なお友達をいっぱい作ってね。。

それから、夢に向かって生きて欲しいと願います。。

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夢をもち続けましょう。。

先日夢を持って生きている友人に会いました。

彼女は40歳で初めて夢を叶えました。

ずっと諦めずに追いつづけてきてやっと、叶えた夢でした。

色んな事を犠牲にしながらも、強い信念を持って頑張る彼女をずっと応援してきました。

おめでとう!!頑張ってね!これからもずっと応援しています。

年を重ねただけでは人は老いないという。

夢を失う時初めて老いがくると。。

たまに衝撃的な出会いをする事がある。

少し前にも地域の役員の集まりで50歳位の一見年相応に見える女性にあいました。

話て見ると、瞳の輝きに驚かされました。

あの年齢であんな瞳の輝きを持った人には滅多に会えるものではないから。

どんな生き方をしている人だろう?

この方はどんな生き方をしてきたのか?と思いました。

少し話をしました。

子供さんが障害をお持ちで「毎日少しの時間も目を離すことが出来ないんですよ。」とおっしゃっいました。

とても、とても、美しい吸い込まれそうな瞳の輝きをもった人でした。

瞳の輝きはその人の人生そのもののような気がします。

若くて美しい容姿を持っていても、目が死んでいては魅力を感じませんが、50歳でも70歳でも瞳に美しい輝きを持った人は、本当に美しいな。素敵だな。と感じます。

目にはお化粧は出来ませんし、ダイヤモンドも飾れません。ごまかしがきかないから・・・

その方の生き方を映し出す窓なんですね。。

生まれたばかりの赤ちゃんや子供の瞳はキラキラしています。

心がきれいだからでしょうね。

自分の瞳の輝きに責任を持ちましょう。

心を磨けば磨くほど、あなたの瞳も輝きを増してくるでしょう。。。

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今日は朝からすごい雨が降っています。

朝5じ30頃雨の音で目が覚めました。

春の嵐。。

すぐ近くの幼稚園の桜も冷たい雨にぬれています。

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退院おめでとうございます。

先月の2月29日に「いのり」というタイトルでブログを書きましたが・・・。

その方が無事に手術を終えてお子さんの元に戻ってこられました。

とても嬉しくて、その方のブログを見て涙が出ました。

心から、彼女の回復を願っています。。。

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いのり。

最近、30代の女性の方が癌を宣告されたブログをよみました。

その方は初期の癌だけれど、OPEをしなければ、再発の可能性があると、医師に告げられた。

とてもとても悩まれた結果、7歳の大切な息子さんの為にも手術を受ける決心をしたとありました。

読んでいて、涙が止まりませんでした。

私も同じ30代。

どんなに、辛いだろうかと、胸が締め付けられました。

もし私が突然癌を宣告されたら・・・。

平常心でいられないかもしれない。

きっと、私も毎日泣いて泣いて泣いて・・・・・。

不安で、不安で、不安で・・・・。

きっと、逃げ出したくなる。情緒不安定になってしまうと思う。

それでも、必死に、

生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生かせて下さい。と毎日泣きながら祈ると思う。

王子のママ さん。

どうか、OPE辛いでしょうけれど、頑張ってください。

手術を終え、目が覚めたその瞬間から、辛い日々から開放され、今まで以上に家族の絆が深まり、生きている喜びを日々心から感じるような、幸福な人生がまっていると、信じています。

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人それぞれ、この世に存在する意味は違うだろうけれど、みんな、何かの目的を果たす為に生まれてきていると思う。

私は今、生まれてきた自分の目的を果たしているのだろうか・・・。

儚いいのちをたった一つだけ胸に抱えて、

無常のこの世に人は生きる。

誰も一人では生きられない。

この宇宙に存在しているのも、多くの人の影の支えに守られているから。

この小さな揺らぐ輝きを消さないように・・・・。

守り続けてくれている、多くの人達に感謝して・・・。

生きていきたい。

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心のいのり。

あなたに 

今日 

出会えたことを 

わたしは 

ずっと わすれない。

生きる。

生きぬく。

生きたい。

生きてほしい。

生まれる。

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一度きりの人生泣くより笑っていた方がいいよね。

人ってすぐ何かと比べちゃうでしょ。

誰でも今の自分の中に幸せがあるのにね。

みんなすぐ忘れちゃうよね。

恋人に浮気されて悲しくて悲しくて死んじゃった人あたし知ってる。

生きていればもっと素敵なことが待ってたのに。

恋人にふられて泣いてたら今のご主人に出会った友達。

ふられたおかげで幸せな今がある。

浮気を知って、許せないで日々苦痛と怒りの中で暮らしている人。

片目つぶって許してあげて幸せに暮らしてる人。

全く同じ人生を送っても、幸せに満ちた人生を送る人。

不平不満の中でほんの一握りの幸福感しか感じられずに終わる人。

心の持ち方しだいで全く違う人生になる。

基本は人と比べない事。今の自分の中での幸せを探しましょう。

比べた瞬間に幸福は妬みに変化してしまいます。

例えば、今日のTVで見たけど、ボーナスの金額。

10万円貰って喜んでいたのに、人から家は今年は27万から22万に5万も

下がったわ~。と聞いた瞬間10万円もらって喜んだ人がおもしろくなくなる

150万貰って自慢げに話たら、お隣の家は190万と聞いて顔がゆが

む。10万円でも200万でも、人と比べなければ嬉しい事だったはずなのに

幸せは誰の中にも存在している。

その小さな積み重ねが長い人生を振り返った時おおきな幸せになっているんです。

うすーい紙一枚ほどの小さな幸せでも、毎日1枚づづ重ねていけば、自分で

は持ちきれないれないほど沢山の幸せになるんです。

持ちきれなくなったら、誰かにおすそ分けしようかな。

人は思えるようになってきます。

人の幸せを望めるようになったら、あなたは同じ世界にいながらにして、こ

れまで見たことの無い幸せに出逢えます。

人に与えた幸せは何倍にもなって、自分にかえってきます。

笑っていますか?

不満ばかりいっていませんか?

同じ人生生きるなら、幸福に生きていきませんか?

笑顔の傍には幸福の天使が笑っています。

人は人を許すことの出来る偉大な生き物です。

愛する人の失敗を許して、あなたが幸せを感じられる人生を送って

欲しいのです。

だって許せないのは、そこにあなたの愛が存在しているからなんで

す。

その愛はあなたの1クリックで幸福へ変換できます。

あなたの幸福を心から祈っています。

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「末期がん」死の恐怖との闘い。

12月8日癌の痛みを取り除く事が出来る場所「ホスピス・緩和ケア」について書いたところ、数名訪問して下さった方がいらした。

癌の痛みを持った方なのか、ご家族の方なのか、わからないけれど、もしホスピスの名前やイメージだけしか知らない方だったとしたら、緩和ケアってなんだろうと、思っていただけたなら嬉しいと思う。

もしも、あなたもモルヒネを使ったけれど痛みが消えていないのだとしたら、モルヒネを正しく処方されていない可能性が有るかもしれません。

効き方は勿論ですが、モルヒネの量や使用方も症状や感じ方も一人一人違うはずなので、緩和ケアを熟知した医師に相談して欲しいと思います。

私はホスピスで癌で有名な病院から転院してきた多くの方が、どんなことをしても、モルヒネも効かなかったのに、ここにきたら、痛みが取れて歩けるようになった。と言う人達に何人も会った。

まだまだ日本にはモルヒネを正しく使え、痛みを上手に緩和できることの出来る医師の数が不足していると思います。

どうしても、緩和できない場合もあるだろうけれど、多くの痛みを緩和できるだろうとも思う。

あなたの痛みが緩和し、あなたの笑顔がみれますように。

12月8日のページに緩和ケアのことを追加しましました。

そちらのページもみていただけると嬉しく思います。

末期がんの患者さんにとって痛みの他にもう一つ取り除いてあげなくてはならないもの。

それはいつどのように我が身に訪れるのかという、

「死の恐怖との闘い。」であると思う。

私は母と姉を癌で亡くした経験がある。

人は誰でも、苦しんで最期を迎えると思っている方が多いと思うが、

実はそうでない場合もあることを、知って欲しい。

ホスピスで最期を迎えた母は眠ってしまったと思ったら、あれ?息してない?

というくらい、苦しむ姿はなかった。

眠るように逝く。

そんな静かな終わりもあることを、恐怖と闘っているあなたに知って欲しいと思う。

人はいよいよ血圧が下がり始めると、足先が冷たいと感じはじめる。そういう不快感はあるかも知れません。

でも苦しいことはありませんから、安心してください。

もしも、苦しくなったなら、そのときは希望すれば、軽く眠らせてもらうことが出来ると思います。

家族や担当医に話せるうちに、その意志を伝えておくと、いいかもしれません。

それは、死期を早めることではありません。早めることは、出来ません。

けれど、苦痛を取り除いてもらうことは可能なのです。

静かに眠るように・・・まさにそんな終わりを私の目の前でして逝った母。

生まれてくるときと同じです。

還る旅

潮が満ちては引いて行くように・・・。

そのときがくれば、自然に迎えられます。

大丈夫です。

残りの時間は後わずかかもしれませんが、その時間を教えてもらえているということは、ある意味お別れの時間を作る事が出来るということでは、人より幸せなのかもしれません。

病気でなく、突然事故で亡くなる人は、大切な人とお別れも出来ずに突然目の前から消えてしまう。それもとても辛いことです。

痛みや苦しみや煩悩から穏やかな場所へ還る旅へ。

死の恐怖との闘いとは、もうお別れする事をお勧めします。

その事に時間を費やすより、そのときが来るまでは、諦める事なくあなたらしく、大切な方との大切な時間を過ごして下さい。

まだ歩けるのなら、海を見に行って見て下さい。

きっと、あなたは懐かしい何かに包まれるでしょう。

蒼いうみは、あなたとあなたの大切な人を温かく包み込んでくれるでしょう。

残された人も、あなたを失った後で生き続けて行く為に癒される場所が必要なんです。

このブログのプロフィールのページは海になっています。

よろしければ、海を見てからおかえりください。

そして、ほんとうの海が見たいと思ったなら、ちょっと無理してでも、是非潮の風にあたって、波の音を聞いてください。

生きる事と終える事がこの宇宙では自然のことである事に気づくと思います。

残された時間を、あなたとあなたの大切な方が穏やかで幸福で満たされた日々を送れますように。。。。

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とほほ・・人生修行の旅。

人生はいい事ばかりじゃないし、悪い事ばかりでもない。

悲しいこともあれば、嬉しいこともある。

人生は修行の旅だと思っている。

私にとっての一番の願いは平凡な日常。

夢は?と聞かれれば「現状維持」と迷わず答える。

みんなが感じているあたりまえのことが、私には尊い日常。

私は平凡な日常が続くと、こんな日が続いて欲しいと願う半面、何か良くない事が起きそうな気がしてしまう。

人生は俗にいうまさに山あり谷ありなのだ。

いいことばかりなんてありえない。

でも辛くて苦しい悲しみの中の終わらないトンネルもない。

夜も必ず明けるし、朝は必ずやってくる。

明日が来るのが怖くても、やっぱり朝はやってきて、今まで予想もしなかった事に驚いたり、救われたりする。

気づけばいつの間にか大きな波をいくつも超えて来た自分がいる。

振り返ればこれまでも色んな修行の旅をしてきたように思う。

私はこの世に生を受けた瞬間から、もう修行が始まっていたような気がする。

まず右手が6本で生まれて来た。

手術で上手に切断してもらって今は5本指。でもまっすぐに伸びていない。くの字に曲がっている。これまでの人生において曲がった親指でも何の問題もなかった。ちょと人と違うだけ。嫌でもなんでもない。かわいらしい自分の一部だ。でも、人々はかわいそうといい、気持ち悪いと言いう人もあれば、目をそらす人もいた。

悩んだことは記憶にないので、幸せだと思う。

中学で姉を病気で無くした。姉は享年19歳。

突然胃と背中の痛みを訴え、検査してそのまま入院。

学生だった姉は、勉強の途中で入院した為、いつも早く学校に戻りたいといい、教科書を病室にまで持ち込んでいた。自分にまさかこの世を去る時間が迫っていることも知らずに。

若い姉の癌はすごいスピードで姉の体を蝕み入院して3ヶ月で、私の前から突然消えた。

「ただいま~」とふと帰ってくるのではないかとよく錯覚したくらい儚い命だった。」

あの時人の命の儚さを実感した。

人は簡単に死ぬ。

私が中学1年の8月1日。

人には生まれながらにろうそくの長さが決まっているとその時感じた。

その後も数々の身内の死を経験した。若い親戚のおばさんは脳腫瘍だったのか。あの頃は小さかったから病名はわからなかったけれど、優しかったあの方のお見舞いに行くと、頭の骨を切り開かれて、骨が無くぷよぷよしたおばさんの頭を見てとても怖かったことを憶えている。おばさんはとても優しく私に微笑んでくれた。

何度もお見舞いに行くうちにおばさんの笑顔は見れなくなって、他界して行った。

同じ小学校のクラスの子が風邪をひいて休み亡くなった。

その他にも同じクラブの色白でとってもキレイなあこがれの先輩も中学2年生の時頭痛を訴えてこの世を去っていった。

子供時代に命の儚さを嫌というほど見せられて、子供なのにお葬式の経験した数は片手をゆうに超えていたと思う。お焼香の仕方から、なんだって知りつくして、お経の違いまで聞き分けられてしまう。

別れの悲しみ空虚な喪失感。突然溢れ出す涙。

人生は無常であり、儚く散り行く。

だから、私はいくつになっても誕生日を喜ぶ。

今日まで生きてこられた奇跡を感謝するのである。

「30過ぎて何が嬉しいわけ?」

「友達は言う。」

子供の頃から何も変わらない。

「20歳まで生きられたことを嬉しく思い、30歳まで生きられたことに感激する。40歳になれるかな?病気をせずに事故に遭わずに生きていきたい。」

いつだって、儚い命を守りたいと願って生きている。

末期がんだった母は夜眠る前にいつも言った。

「明日朝が来ますように。」

夜眠るのが怖かった。

「明日目がさめるかしら」

「今日も一日生きられました。ありがとう。」

わたしも一日一日に感謝して生きて来た。

これからも命あるかぎり一日を大切に生きていく。

どんな大きな波も超えられる人にしか与えられないと思っている。

だから目の前に現れた困難や悲しみはみんな必ず越えられる。

死別の悲しみは時のみが癒してくれる。多くの人々の悩みは執着を捨て多くを望むのを止めることで楽になるだろう。

人生の何個目の波だろう。

今日父親が入院した。突然歩行困難になった。

しばらく病院通いが続きそうだ。

CTからは骨の異常はなさそうだが、明日はMRIの検査をする。

元気だった父がまた元気に歩行出来る様になる事を願っている。

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癌の痛みは取り除くことが可能です。

あなたは、緩和ケアを知っていますか?

緩和ケアという言葉は耳にした事はあるけれど、よく知らない。そういう方々も多いかも知れませんね。

人はたいてい健康な時に死について身近に考える人は少ないものだから。

でも今日はあえて、「もし自分が癌になったとしたら・・・。」とちょっとネガティブな事をここで考えていただきたいと思う。

なぜなら、この緩和ケアの知識を少しでも持っているか持っていないがで、あなたは癌と宣告された場合において、天と地ほどの違いがあなたの闘病生活に現れるだろうと推測されるからである。

まさに今この瞬間でさえも、緩和ケアの存在を知らずに、癌の痛みに苦しんでいる方々が沢山いるのがいまだ現実である。

癌の痛みはモルヒネの使い方しだいで上手に処方すれば、取り除く事が可能である。

ガンの痛みは取り除く事が可能な時代に、今なお痛みの中で死の恐怖と闘っている多くの人がいるという悲しい現実。

私はそのことが、歯がゆくてならない。

あなたの癌がもうどうにも手をつけられなくなった時、最期を迎えるまでの間を痛みを感じずに過ごせたらいいと、思いませんか?

癌は痛くて苦しんで死ぬ。いいえ。痛みを緩和してくれる場所があるんです。

緩和ケア。ホスピスという場所です。

この緩和ケアの存在を知らない人が多すぎる。

私は一人でも、多くの人にホスピス治療(緩和ケア)の素晴らしさを知って欲しいとう願いを持っています。

また日本中に広がり、緩和ケアを日本中何処ででも誰もが受けられる世の中が来る事を切に願っている。

私がこの緩和ケアの存在を知ったのは10年前のことだった。

母が大腸癌になり、肝臓に転移し、いよいよ残りわずかの命と宣告された時、ホスピスに入ったのである。

10年前の4月21日。

桜の花びらが散り行く中で、母は静かにこの世から他界して逝った。

ごめんね・・・。嘘をついていた事。

大腸ガンが、肝臓に転移し余命数ヶ月を宣告された時、信じていた家族に裏切られたと感じた母。

私の家族は母にガンの告知をすることがどうしてもできなかった。

具合が悪くなり救急車で初めて病院に入院した。

「腸閉塞だろうから手術しておなかを開いて見ましょう。」と言われ、母も勿論私達家族もまさかその直後に真っ暗闇に突き落とされるとはその時誰一人予想した者はいなかった。「腸閉塞なら治る病気ね。」と以外に楽観視していた。

しかし手術後医師から伝えられた言葉はあまりにもショックな言葉であった。

「大腸癌でした。」

大腸の癌により、腸は閉塞をおこしていたのであった。

「大腸の癌は取り除きましたが、肝臓にも転移がみられましたが、かなり大きな癌なので、もう手術は難しいでしょう。」

これが、術後の医師からの言葉だった。

「余命1年。あるか、ないか。」

末期の癌が見つかった母に、そのことを告げることは出来なかった。

「お母さん腸閉塞だって。」あの時はああいうしかなかった。

しかし隠していても、知識のある母には最後まで隠し通せるはずもなかった。

自分がガンだと知った母は迷わず私達家族にこう言った。

「ホスピスに行く」

私たちに選択権はなかった。

「ホスピスに入りたい」と強い意志で語る母に私達が出来ることはもう何もなかった。

「ホスピスってどんな所なんだろう?」

母はそこで死にたいと言った。

母が最後を迎える場所を選んだのは家ではなく「ホスピス」と言う場所だった。

ホスピスと聞くと、ガンやエイズの人が入る場所。暗く隔離され、死を目前にして、病室からはうめき声が聞こえてきそうな場所。そんな風に思う人もいるかもしれない。

母を無くしこの10年間で、友達や知り合いの方の身内の方がガンの告知をうけ、余命を宣告されたという人達の相談を10人以上受けて来たが、ホスピス(緩和病棟や緩和ケア)の存在を知る人は殆どいなかった。

また聞いたことはあるが「死ぬと宣告された人が集まる場所になんて行きたくない。行かせたくない。」と言われたりした。そのたびに私は母のお世話になったホスピスの話をし続けてきた。

たまにNHKでホスピスの緩和ケアの事を取り上げられても、ほとんど、世の中に認知されず、とても歯がゆい思いがしていた。ガンの死亡率がこれほど高い先進国で何故、緩和ケアの認知度がこんなに低いのか?モルヒネを正しく扱える医師をもっと、もっと、増やしていくべきである。

嬉しいことに先日「とくダネ」と言う番組で緩和ケアが特集されているのを見た。この10年は、悲しいことに緩和ケアの素晴らしさが世の中にほとんど認知されてこなかったが、今日この番組を見て、やっと、ほんとうにやっと、緩和ケアが受け入れはじめたことを、心から嬉しく思った。緩和ケアの記事を新聞の紙面上で見ることが少しづつだが増えてきたように思う。

これから、ますます緩和ケアの重要性が認知されるようになり、モルヒネを正しく使える医師と病院が増えることを望んでいる。

正しくモルヒネを使えば、ガンの痛みは消すことが出来るのだから。

今はまだ病院のベッドでガンの痛みと闘っている人々がほとんどだという現実がある。

緩和ケアを受けて痛みの無い闘病生活を送って亡くなっている人はほんのわずかな、一握りの人しかいないのが現実なのだ。

がんと闘う全ての人達が緩和ケアを受けられるようになる事を切に願わずにはいられない。

10年前に私の母はこの緩和ケアを受けて最期を迎えたが、ホスピスで痛みとの闘いは全くと言っていいほど無かったのを、この眼で見てきた。

信じられないかも知れないがそれは夢物語でも、ウソでもない紛れもない事実なのだ。

私はホスピスに入院してすぐ、母がここに来たかった理由がわかった。

そこは冷たい病院のイメージは何処にもなかった。

母はいっさいの延命措置を望まない人であった。

私たち家族はそれを知っていた。だからこそ、手術が出来る間は母に告知が出来なかった。告知していたなら、肝臓に転移した癌はもう手術は受けてくれなかったんではないかと思う。

大学病院の先生は、大半の医師はこの手術は勧められないといったくらいだった。しかし、その時の担当のK医師がそのことを伝えた上で「それでも、僕は可能性にかけてみたいと」言った。延命治療を望まぬ母には伝えずに難しいといわれた肝臓の転移のガンの手術をK医師にお願いした。

予定よりも長いOPEとなった。

手術後執刀医に呼ばれた。医師は明らかに高揚していた。

切除した肝臓の大きな塊はガンの瘤が不気味にボコボコと盛り上がり、重そうなそれを、医師は両手でずしっりと抱えて、興奮した声でこう言った。

「きれいに取れました。これでかなり生きられるだろう」と。普段顔色一つ変えない冷たそうな顔が高揚し、彼の目は輝いていた。成功率の低い手術を成功させた上での達成感だったのではないだろうか。初めてK医師の人間らしい感情を垣間見た時だった。

母はおかげで、はじめにガン宣告を受けた時に聞いた1年もたないだろう。と言う月日をゆうに超えたのである。そのことは、大学病院のK医師の可能性にかけて執刀してもらった肝臓ほぼ全摘出のおかげだと、確信している。

それから、1年近くK医師との付き合いは続いた。

そして、とうとう厳しくなってきた頃先生は質問攻めの母には隠せないと感じてだろう。母に宣告した。

母は自分がガンであったと知り、かなり私達家族に対して腹をたてていた。なんで教えてくれなかったのかと。

そして「ホスピスへ行く。」と言ったのである。

私はこの10年なぜ緩和ケアがこんなにも、認知されず、世の中に認められてこなかったのか、不思議でならなかった。

ガンは死亡率のトップを邁進し続けているのに、一向に認知されず、苦しみ、苦痛と痛みの中で、ひたすら闘い続けている現実がある。

ホスピスで過ごした日々の中で母は痛みを訴えることは、一度もなかった。ガンの末期の患者が最後まで、人として自分の意思を尊重して生きる場所。

そこには痛みに耐える人々はいない。「有名ながん治療の病院にいたけど、どんなことをしても痛みは取れず、ベットの上で痛みに耐えていたのが信じられない。あのまま死んで行くしかないのかと思っていた。痛みがとれて本当に嬉しい。」と、よく転院してきた多くの患者さんが言っていた。痛みをコントロールするには、その事に熟知した医師のもとで正しくモルヒネを使用することが大切である。ただモルヒネを飲めば痛みをコントロール出来るというそんな単純なものではない。使い方を誤うと緩和どころか悪化する場合だってあるように思う。

ホスピスに来ると寝たきりだった患者さんは、自分の足で歩けるようになったりすることもよくある。

患者さんはもちろん家族もあまりの回復ぶりに癌が治ってしまったのではないかと錯覚に陥ることさえある。

でも癌が消えてしまうわけではないので、笑顔でおしゃべりし、歩いていた人も、徐々に杖を使い車椅子に変わって行く。

そこには死に向かっている。という何よりも辛い現実が共に存在し続けている。

痛みを取り除くことが、人が人として生きることの大きな手助けになる事は、はかり知れない。

「死」を感じながら生きる人にとって、生きる希望をもてる大事な要素であると感じる。

母のホスピスには暖炉があり、大きなテレビとソファー。家族で入れる大きなお風呂や、キッチンもあった。お酒をのめるカウンターもあり、ピアノルームやカラオケボックスまであった。

ボランティアの方々の音楽の演奏などもあり、希望すれば、部屋でリクエストの曲をひいてくれたりする。

病院特有の匂いやカラカラと響くあの無機質な音もない。

広い芝の庭もキレイに手入れされ季節の花に包まれてめだかやかえるがのどかに息をしている。

ホスピスは天国にいちばん近い場所。

私はそんな風に思う。ただ、明らかなのは隣で元気な笑顔で笑っている人も、ソファーで静かに寛ぐ人も、バーでお酒を飲む人も、遠くない未来、もれることなく神に召されるこということ。

だから余命を宣告された方にとっては、どんなことをしても死からは逃げ出すことの出来ない牢獄でもある。もう長く生きられない人と、先のことははわからない人との間に作られた辛く冷たい壁。

でもだからこそ、色々なことを考え、人生の終わりが来るその日まで、管ひとつなく、痛みと闘うことなく生きることを選択できる場所はとても大切で必要性の高い場所であると私は考える。

最期の1%まで、手術を望み管と苦痛の中でこの世を去ったとしても、その方にとっては、最期まで闘い続けたいという希望がかなったなら、それは幸せな終わりだと私は思う。

母のように延命措置を望まない人にとっては、管だらけの体に呼吸器をつけられた姿での人生の終わりは本意ではない。

そんな母は自分の口で物が食べられなくなった時点で点滴もしなかった。

点滴をすれば、栄養が入ってくる。そうすればもう少し長く生きられたはずだけど、それは母の望んだことではなかったから、しなかった。

食べられなくなって、だんだんと衰退していく事が、本来の自然の姿であると思っていたのかもしれない。

それは諦めではないと私は思う。

人は一人で生まれて来て、一人で死んでいく。

赤ん坊は生まれてすぐに物は食べない。お母さんのおっぱいを飲んで生きる力を蓄えていく。

だから人は終わりに近づくと物は食べなくなるのは自然な事だと思う。

生まれて来た場所に帰っていくのだから。

だからそこに栄養を点滴することは、母の思いに反することであったのだと思う。

そんな色々な思いを聞き入れて、力を貸してくれる場所。

それがホスピスだった。

ホスピスに入った母は「娘のおなかにいる子供に逢うことが出来ますか?」

担当医の山崎先生に尋ねた。

「どうでしょうね。逢えたらいいですね。」

12月のある日。かわいい男の子に逢えた。

「3月3日のおひな祭りまで生きられますか?」

「どうでしょうね。そうだったらいいですね。」

母はお雛様と2歳の娘と笑顔で写真にうつっている。

母はこうして短い目標をいつもたてて生きていた。

「先生、今年の桜見れますか?」

「どうでしょうね。見れたらいいですね。」

4月。満開の桜の下に母はいた。近くの公園にホスピスの方達と共に、花見に行った。ポカリスエットをコップで美味しそうに飲みほし、孫の娘にもすすめた。娘はケラケラ母の傍らで楽しそうに笑っていた。

それから、数週間。桜が一面ピンクのじゅうたんとなり、ホスピスの庭を埋めた頃。

「外に行きたい。」「桜が見たい。」と語った母。

もう歩くことは出来なかったが、ストレッチャーに寝かせて、外へ行った。桜をみて、

「もう終わったね。」「散っちゃったね。」

そうつぶやいた。

その晩母はお風呂に入りたいといいお風呂に入った。

人生の全ての垢をおとすかのように。

母の自分のまく引きのカウントダウンはもう始まっていた。

その晩、母はお世話になった山崎医師。婦長さん。仲良しだった姉妹と私達家族を病室いっぱいに集め、たんたんと、感謝の気持ちを述べ始めた。それは母自らのお別れ会であった。

「先生ありがとうございました。お世話になりました。ここに来てよかったです。さよなら。」

「何か不安はありませんか?」先生の問いかけに

「不安はありません。もうじゅうぶんです。」そう言った。

「どんな人生でしたか?」

「あっという間の人生でした。」

「みなさん、さようなら・・・」

お別れ会も終え、母はもう何も反応出来なくなった。あんなにしゃべれて、お風呂にも入れたのにね。

唯一母が反応したのは、私の娘が

「おばあちゃん、さようなら・・・」

そう言ったとき、どんな呼びかけにも反応しなかった母の目から、涙がつぅーと一本流れてきた。

ああ、ちゃんと、わかっているんだな。そのときそう確信した。

その翌日、苦しむこともなく、体には管一つ無く、静かに眠り、すこしづづ体温を下げていった。じょじょに血圧を下げ息が止まった瞬間はわからないくらい静かに眠りについたのである。

母は生前よく言っていた言葉がある。

「1・2・3で死ねたらいいのにね。」

母が死の恐怖感を語る唯一の言葉であった。

また家族にとっても、愛する人の死を見取る事は、想像以上に辛く苦しく、恐怖なことである。

私はそのことに直面した時、足が震え、受け入れることが出来ず逃げ出したい感にかられた。

けれど、ホスピスは家族のケアもまたしてくれるところなのだ。

私は婦長さんに手をとられ、母の病室に足を運ぶことが出来た。

「きちんとみとってあげなさい。後悔しないように。」

「ここはホスピスだから、あなたが想像しているような苦しむ姿はないのよ。」

「そのためにホスピスにきたんでしょう?」

そういわれた。10年経った今でも、あの時お世話になった婦長さんに感謝し忘れることはない。

おかげで最期まで看取る事が出来た。あの時母の病室に入る事が出来なければ、きっと後悔していたと思う。

悲しい母との別れもまた、今の私の糧となっている。

母は桜を見ることを最期の目標にし、散りゆく花とともに静かにこの世を去っていった。

病院を出る早朝。桜吹雪の舞い上がるトンネルを何度も通りぬけて、懐かしい我が家へ帰った。

お母さん、そちらは、穏やかですか?

あなたは幸せな終わり方をしましたね。

母のような治療(緩和ケア)を、希望する全ての方が、受けられる世の中が訪れることを願って・・・。

(12月12日1:55 追加)

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還る場所

11月の海。

人もなく、ただ打ち寄せる波。

息をしてみる。

波の音。

なんだかとても懐かしい。

この蒼いいろ。憶えがある。

揺いだ蒼さに包まれる。

いつか還えるそのひまで・・・。

誰もがみんな還る場所。

手には何ももっては行けないのに。

いつしかみんな忘れてしまう。

富も名誉も権力も、この蒼い海の前ではすべてうたかた。

海の藻屑(もくず)となりたるも、しがみついて守りたる。

光り輝やく七色の石も、深き蒼(あお)さに沈むだけ。

またひとつのうたかたが蒼き海に抱(いだ)かれて、音もなく静かに消えていく。

もっていけるのは目には見えないものだけ。

形あるものは全ていつかは消え行くも、

心の淡き色は輝きつづける。

そして香りは風となりて

やさしく蒼い海の上をふきわたる。

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人の心を動かす力。

今日は学校公開に出かけていました。

音楽の授業を最後に見学して帰ろうと思いつき、音楽室に立ち寄りました。私にとっては、正直おまけの気持ちもありました。

そこで、心を大きく揺さぶられる事にであいました。

前の時間までは、ぱっとしない表情で授業を受けていた子供達の表情が生き生きと輝き出しました。

感情を思い切り吐き出して、一人一人の感情が言葉となってピアノの伴奏にのって響きました。子供達の合唱に心を動かされました。身体の奥の方から沸きあがる感情。久しく忘れかけていた感動と言う気持ち。

混沌とした世の中で、子供達はこんなにも、純粋にいきいきと生きている。蓮のはなは泥の沼に美しく花を咲かせますが、子供達って素晴らしいですね。子供達の歌声には人の心を動かす力がありました。感動して、胸がいっぱいになり帰宅しました。

「無くしてしまってから、その大切さにきずいて、悔やんだり悲しんだりしてもおそすぎるよ。

もしかしたら、一番この世で大切なものは、普段あまりに身近すぎて、気にもとめていないかも。

今ある全てのものは、当たり前なんかじゃなく、今ある全てのものは奇跡的にあるとしたら、君はどうやってそれを守るだろう。

遅すぎないうちに、間に合う今のうちに出来る限りの事をしよう。生まれてこられたおれいに。」

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